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イタリア系をはじめ南欧系移民の多いアメリカには、比較的早い時期からエスプレッソも伝わっていたようです。しかし、第二次大戦後もしばらくの間は、エスプレッソを含め南欧の濃いコーヒーに親しんでいたのは一部の人々(イタリア系移民の他、イタリア文化に接していた芸術家、音楽家、大学関係者など)でした。 当時のアメリカでは家庭にもコーヒーが普及していましたが、缶入りで販売されている浅煎り粗挽きのコーヒーを薄目にいれて気軽に(日本の家庭のお茶のように)飲むのが主流で、また戦争中に軍隊に採用されたこともあってインスタントコーヒーも急速に普及していました。深煎りの濃いコーヒーを店頭で味わう飲み方はほとんど知られていなかったのです。スターバックスの前身として知られている Peet's Coffee(1966年創業)も、西海岸の大学関係者などを対象に深煎りの豆を販売する焙煎業者に過ぎませんでした。 時々「イタリア系移民は貧しいので安い豆を深煎りにしてごまかして飲んでいた」という俗説も目にしますが、これは当時の一部アメリカ人のイタリア系移民に対する偏見に基づく説です。元来イタリアではトルココーヒーの影響もあり深煎りの豆が好まれていました。むしろアメリカの大手メーカーの方に、豆を深煎りにすると目減りしてしまう(販売重量が減って儲けが減る)のを嫌って浅煎りで販売していたという貧しい傾向もありました。Peet's Coffee のような焙煎業者は良質のアラビカ種の豆を深煎りにして富裕層をも対象に商売をしていました。 一般のアメリカ人の間にエスプレッソが次第に知られるようになってきたのは60年代から70年代にかけてです。その頃は欧州旅行の人気が高まった時代であり、現地でエスプレッソやカプチーノやカフェラテの味わいを知った客を中心に、アメリカの大都市でも次第に飲まれるようになってきました。 アメリカでエスプレッソが広まってきた背景として、書物によっては、75年のブラジル大霜害を契機にコーヒーの多様化が図られたとか、80年代にフレーバーコーヒーが登場してコーヒーの付加価値化が図られたとか、ミルクを入れる飲み方が健康ブームに合致した等の分析がなされていますが、ここでは更に「欧州でエスプレッソ・マシンの自動化が進んだ」ことを挙げたいと思います。熟練したバリスタでなくても一定のレベルでエスプレッソを抽出することのできる自動式マシンの登場により、アメリカでもエスプレッソを出す店舗を比較的容易に出せるようになりました。 この点に着目し、エスプレッソ店の全米チェーン展開を思い立ったのが、当時調理器具や家庭雑貨のセールスを行っていたシュルツ(Howard Schultz)氏です。自分のアイデアを実現させるため、1982年にシアトルの焙煎業者スターバックス(71年創業)に入社したシュルツ氏は、86年に実験店舗を出店し成功させた後、87年にスターバックス社を買い取って全米展開を開始しました。その後、先発・後発の業者が追随し、北米でのエスプレッソ・ブームが本格化して現在に至っています。