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コーヒーは中近東で普及した後、17世紀から18世紀にかけて欧州各地でも愛飲されるようになりました。1720年にはベネチア(ベニス)で「カフェ・フロリアン」が開店し現在に至っています。しかし、伝来当時の欧州でのコーヒーの飲み方は、コーヒーの粉と砂糖を一緒に煮立てて上澄みをカップに注ぐ方法(トルココーヒー)が主流でした。 その後欧州では、やや粗めに挽いたコーヒーの粉を煮立てた後にフィルター(布)で濾す(又はフィルター(布袋)に入れて煮立てる)方法や、砂糖の代わりに(あるいは砂糖と共に)牛乳を入れて飲む方法(カフェオレ)が普及しました。更に、コーヒーを煮立てると雑味が出ることに気づいたのでしょうか、お湯の中にコーヒーの粉を入れてフィルターで濾す方法や、コーヒーの粉の上からお湯を注いでフィルターで濾す方法(ドリップコーヒー)も考案されました。 ここからは私の推測ですが、18世紀の欧州のカフェでは「ドリップコーヒーのカフェオレ派」から「トルココーヒー派」まで様々なコーヒーファンが互いの好みを主張し合っていたのではないでしょうか。山の手(フランス・オーストリア)と下町(イタリア)の図式が頭に浮かびます。先進的で洗練された飲み方を自認する山の手カフェオレ派にとっては、トルココーヒーなんて時代遅れで粗野な飲み方に見えたでしょうし、正統的で硬派な飲み方を自認する下町トルココーヒー派にとっては、カフェオレなんて邪道で軟弱な飲み方に見えたでしょう。 それでも一部のトルココーヒー派は、ドリップコーヒーを飲んでみて「コーヒーを煮立てると雑味が出る」という主張には一理あることを認めざるを得なかったと思います。しかし、濃厚でパンチの効いたトルココーヒーに慣れ親しんだ舌には、ドリップコーヒーなんて水っぽくて飲めたものではありません。だからといって、トルココーヒー用の細かい粉をフィルターに詰めると、お湯をかけても浸透に時間がかかってなかなかコーヒーが出来ません。気が短い下町っ子はフィルターに詰めた粉を棒でかき回したりして、何とか濃厚かつ爽快なコーヒーを短時間で手に入れようと工夫したはずです。 以上は私の推測でしたが、現実問題として欧州のコーヒーハウスでは、コーヒー人気の高まりに伴い、より多くの客にコーヒーを提供する必要が生じました。そこで19世紀の欧州では、北イタリアを中心として、コーヒーの抽出速度を上げるために様々な機械が考案されました。