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エッセイ・エスプレッソ


第29話 アイスコーヒーとエスプレッソ


アメリカ人の書いたコーヒーの本を読んでいたら、日本人はアイスコーヒーを好んで飲むと、不思議そうに書いてあった。確かに、日本中どこの喫茶店に行っても、深煎りで苦めのコーヒーが氷入りのグラスに注がれてガムシロップとクリームと一緒に出てくるのは、メニューのバラエティー豊かなシアトル系カフェに慣れたアメリカ人には画一的で気味悪く思うかもしれない。一体誰がこの組み合わせを決めたのだろう。

アイスコーヒーを家庭で作るには、深煎り豆を細挽きにする、と多くの本やサイトに書いてある。エスプレッソ好きとしてはこの不思議な共通点が気になるところだが、なぜ深煎りの細挽きなのかが気になると、急に情報は少なくなる。

数少ない説明を探し出すと「冷たいと味覚の感じ方が鈍感になるのでコーヒーの苦みを強調するためにアイスでは深煎りの豆を使う」と書いてあったりして当惑してしまう。冷たいと甘みの感じ方は鈍感になるが、苦みの感じ方はむしろ敏感になるのではないか。日本酒やワインが好きな人の間では「冷やすと苦みや渋みを強く感じ、温めると甘みを強く感じる」ことは広く知られているのだが。これでは全く逆である。

より納得のいく説明は「アイスコーヒーのためには濃いコーヒーが必要だから」というものであろう。コーヒーや紅茶は急速に冷却しないと濁って見映えが悪いので、氷の上から直接コーヒーを注いで急冷するのがよいと大半の本やサイトも勧めている。そのためには、注ぐべきコーヒーは濃い方がよい。問題は、なぜ濃いコーヒーには深煎りの細挽きが良いかである。

コーヒー豆を焙煎すると、その成分が熱で化学的に変化を起こすと同時に、細胞組織も物理的に変化を起こす。深煎りにするほど細胞壁はもろくなり、断裂したり小さな孔が沢山開いたりして、内部の成分がお湯に溶け出しやすくなる。細挽きにすればなおさらである。つまり、深煎りの細挽きにするほど、豆の成分が多くお湯に溶けだしやすく、濃いコーヒーになりやすい。むしろ、浅煎りの粗挽きのつもりでいつまでもお湯を注いでいると、すぐに成分が出尽くして「でがらしコーヒー」になってしまう。

しかし、もしそうであれば、あの深煎り豆の独特の風味は濃いコーヒーの単なる副産物ということになる。アイスコーヒーもエスプレッソも、最初から深煎り豆の風味を求めていた訳ではなく、少量のお湯に旨味成分をたっぷり含ませだ濃厚なコーヒーを求めて先人達が試行錯誤した末に、結果的に深煎りになってしまったのではあるまいか。濃厚なコーヒーのコクには、もれなく深煎り豆の風味がセットで付いてくるので、両者がセットとして受け入れられていったのではあるまいか。ただその際に副産物の苦みは何とかしたいので、しっかりと甘みをつけて飲まれる習慣が、やはりこれもセットとして受け入れられていったのではあるまいか…。

もし日本でアイスコーヒーが普及しつつあった時代にエスプレッソマシンが普及していたら、日本のアイスコーヒーは氷にエスプレッソを注いでつくるレシピになっていたのかもしれない。そして後世のアメリカ人は、日本人はアイス・アメリカーノを好んで飲むと、不思議そうに本に書いたかもしれない。


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