第26話 モカジャバの謎(後編)
さて、コーヒーが地中海沿岸から欧州に伝播したのに相前後して、カカオがメキシコから欧州に持ち込まれた。当時はカカオ豆からココアパウダーとココアバターを分離する技術はなく、煎った豆を砕いて香辛料入りの液体にして飲んでいた。それが欧州において砂糖を入れ、あるいはミルクを入れ、あるいはコーヒーを入れて飲まれるようになった。
カカオ入りのコーヒーを「カフェモカ」と呼ぶようになった経緯ははっきりしていない。カカオの風味が「モカ(ここではコーヒー一般の意味)」の風味に似ているのでカカオ自体を俗にモカと呼ぶようになったという説もあるが、それでは「カフェモカ」の「カフェ」も「モカ」もコーヒーの意味になってしまうし、コーヒーの文脈から離れた場所でカカオがモカと呼ばれた話は余り聞かない。より説得力ある説は、コーヒーの中でも「モカ(ここではイエメン産の良質の豆の意味)」の力強い風味の中にカカオのような風味が感じられることから、ごく普通のコーヒーにカカオを入れて「モカっぽくしたコーヒー」という意味で「カフェモカ」と呼ぶようになったというものである。
おそらく北イタリアかオーストリアあたりで生じたであろう、この辺の出来事は後世に伝えられていない。ともあれ、細々とではあるが、カカオ入りのコーヒーは俗に「カフェモカ」とも呼ばれるようになった。そして第二次大戦後、米国(特にサンフランシスコやシアトルなどの西海岸)で、エスプレッソにチョコレートシロップとミルク(店により更にホイップクリーム)を入れたドリンクが「カフェモカ」という名前で人気を博して全米に広まり、日本でも急速に普及しつつある。
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しかし、なぜか日本では、ココアパウダーやチョコレートを入れたコーヒーを「モカジャバ」と呼んでいる店や書物が少なくない。そういう店や書物は概して、エスプレッソでなくドリップコーヒー(家庭ではインスタントコーヒー)を用いている。いわゆるシアトル系の「カフェモカ」が日本に普及する前からある程度普及していたようであるが、その経緯はよく分からない。
「モカはコーヒーの産地でジャワはカカオの産地だから」とか「チョコレート好きのオランダ人が植民地ジャワでジャバコーヒーにチョコレートを入れて飲んだから」とか「米国で普通のコーヒー粉にココアを混ぜて『モカジャバっぽくしたブレンド』を不誠実な業者が『モカジャバ』と称して売り出したから」いう説も聞いたことがあるが、どうも理屈っぽいし、それだけでは、日本で妙に「ココアやチョコレート入りのモカジャバ」が普及している現状を説明できない。
もしかしたら、「モカ」=「ココアやチョコレート」という覚え方をしていた人が、「モカジャバ」というメニュー名を聞いて、ジャワ産のコーヒー豆にココアやチョコレートシロップを入れたドリンクのことだと思い込んだのかもしれない。あるいは単に、「モカジャバ」の「モカ」のみが頭に残り、これが単なるココアやチョコレート入りコーヒーのことだと思い込んで、「モカは分かるけど、ジャバって何だろう」と不思議に思いつつメニューに加えたのかもしれない。いささか先人に失礼な説ではあるが、案外現実はそんなものかもしれないという気もする。たまたま日本では周囲に「モカジャバっていうのは本来はモカとジャバのブレンドじゃないの?」と指摘する人がおらず、そのまま普及してしまったのかもしれない。
しかし、経緯はともかく、現実にはこの「モカジャバと呼ばれる、ココアやチョコレート入りのコーヒー」はある程度定着している。今更「モカジャバと名乗るな」と言うつもりはないし、もしかしたらシアトル風の「カフェモカ」の知名度が高まるにつれて、次第に「カフェモカ」に統一されていくのかもしれないが、いずれにせよ、他のエスプレッソ系ドリンクと同様、その店のドリンクの中身が何であるかについての説明はわかりやすくして欲しいと思う。少なくとも、本来の「モカジャバ(モカとジャバのブレンドコーヒー)」を出す店が、「この店のモカジャバにはココアもチョコレートシロップも入っていない」と非難されるようなことにならないよう祈りたい。
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ちなみに、「ジャワコーヒー(Java Coffee)」というエスプレッソ系のコーヒーショップが日本にも進出しているが、この店のメニューに「カフェモカ」はあるが「モカジャバ」はない。
また、東京都内に「モカジャバ(MOKAJAVA)」という名前の自家焙煎店があるが、この店の「モカジャバブレンド」は、「モカジャバ」という店の名を冠したお勧めブレンドという意味であり、その中身はモカとキリマンジャロ(ケニア)である。但しそのことは店頭にもウェブサイトにもきちんと明示されている。
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以上、モカジャバの謎をめぐってあれこれ考えたが、飲み手の立場から言えば、結論は最初に書いたとおりである。ドリンクの名前は店によって定義が異なるので、カタカナの名前に惑わされず、その店で出しているドリンクの中身が何かを大切にしてほしい。
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