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エッセイ・エスプレッソ


第25話 モカジャバの謎(前編)


 モカジャバと呼ばれるドリンクがある。コーヒーにココアが入っている店と入っていない店があるが、このドリンク名は謎と誤解の宝庫である。

 以前「ドリンクの名前は店によって定義が異なるので、カタカナの名前に惑わされず、その店で出しているドリンクの中身が何かを大切にしてほしい。」と書いたことがあるが(参照ページ)、改めて、カタカナばかりで分かりにくいメニューの例として、モカジャバについて説明することにしたい。

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 まず、「モカ」について。

 「モカ」というのは現在のイエメン(アラビア半島)にある港町の名前である。現在は小さな漁村だが、かつては一大貿易港であった。コーヒーの原産地とされるエチオピアで生産されたコーヒー豆も、イエメンで生産されたコーヒー豆も、ともにこの港町から欧州に輸出されたため、欧州ではこれらのコーヒーを「モカ」と呼ぶようになった。かつて有田焼も伊万里焼も伊万里港から輸出されたため欧州では伊万里焼と呼ばれていたようなものである。

 コーヒーの銘柄の中には「コナ(ハワイの地名)」「ジャワ(インドネシアの地名)」のように生産地名が冠されているものが多く、「モカ」も生産地名が冠された銘柄ではあるが、上記の通り、実際にはイエメンで生産された豆とエチオピアで生産された豆がある。イエメン産の豆は生産量が少ないため、流通量としてはむしろエチオピア産の豆の方が多い。イエメン産のモカの方が「モカ」の語源にはより忠実だし、希少価値もあって概して高価だが、決してエチオピア産のモカの品質が劣っている訳ではない。「明石の鯛」と言っても、明石沿岸で獲られた鯛もあれば、周辺水域で獲られて明石に水揚げされた鯛もあるようなものである。

 アジアや中南米やアフリカ中南部にコーヒー栽培が広まる前の欧州では、「モカ」はコーヒーの代名詞でさえあった。今でも、ある種の直火式エスプレッソ抽出器具が「モカ」と呼ばれているし、また、コーヒー色を表現する際に「モカ」という色彩名を用いることがある。かつて日本で磁器のことを一般に「瀬戸物」と呼んでいたようなものである。

 なお「モカ」の綴りには mocha, mocca, moka, mokha など各種あるが、これは国により、時代により、アラビア文字のローマ字表記法の考え方により、様々であるので、ここでは深入りしないが、いずれも「モカ」である。店によって独自の定義で使い分けを行っていることもあるが、定着したルールはない。

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 次に、「ジャバ」について。

 「ジャワ」という地名を英語では「ジャバ」という。語源はサンスクリット語の「Java」だが、ジャワやマレー地方では「V」の発音が「W」になることがあり、ジャワ語では「Jawa」である。日本語では一般に、地名は現地から直接入ってきたので「ジャワ」と、コーヒーの銘柄名やコンピューター言語名は米国から入ってきたので「ジャバ」と表記されている。このページでも、ジャワ島産のコーヒー豆の銘柄は「ジャバ」と表記することにする。

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 で、いよいよ「モカジャバ」について。

 コーヒー業界では複数の銘柄のコーヒーをブレンドしてバランスのとれたコーヒーを作ることが多いが、そのブレンドの組み合わせにも定番が幾つかあり、その一つが「モカジャバ」である。個性の異なる「モカ」と「ジャバ」をブレンドすることにより、バランスのとれたコーヒー豆になる。寿司屋で「ネギトロ」が一つのネタの名前として定着しているようなものである。

 より正確に言えば、オランダ人がモカの苗木をジャワに持ち込んだのが、本格的なコーヒー栽培の世界的伝播の草分けであるので、当時の欧州では二大銘柄だった「モカ」と「ジャバ」をブレンドしたのが初めての、かつ唯一のブレンドだったのかもしれない。もしかしたら当時の欧州人は、同じ苗木なのに産地が違うと風味が異なるコーヒーが出来ることに驚き、単品で飲んだりブレンドで飲んだりしながら、新たな生産地の開拓を期待したのかもしれない。

 現在では世界の各地でコーヒーが栽培されるようになってブレンドの選択肢も無数に広がり、イエメン産のモカとジャワ島産のジャバの組み合わせにこだわる必要もなくなった。しかし「モカジャバ」というネームバリューは残っているので、入手が比較的容易な、エチオピア産の豆とジャワ以外のインドネシア産(たとえばスマトラ島産)の豆をブレンドしたコーヒーを「モカジャバ」と呼ぶ店もある。

 スターバックス・コーヒーの豆売り場では、「アラビアンモカジャバ」と「ディカフェモカジャバ」を売っている。どちらも「モカ」とジャワ島産コーヒーを使っているが、「アラビアンモカジャバ」には「アラビアン」と名乗っているだけあって「モカ」の中でもイエメン産のモカを使っており、「ディカフェモカジャバ」には(脱カフェイン工程の経費を考慮してであろう、より安価な)エチオピア産のモカを使っている。イエメン産のモカは「mocha」、エチオピア産のモカは「mocca」と綴りを区別しているのは独自の用語法であり(ちなみにタリーズのモカジャバのモカは「moka」と綴っている)、消費者にどこまで伝わっているかはともかく、正確を期そうとする姿勢が感じられる。

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 では、モカジャバにココアが入っている店と入っていない店があるのはなぜだろうか。

(続く)


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