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エッセイ・エスプレッソ


第14話 違いが分かる男?


 昔、「違いが分かる男の…」というキャッチ・コピーで有名なテレビ・コマーシャルがあった。友人と「違いが分かる男が何でインスタント・コーヒーを飲むんだろうね」と笑いものにした記憶があるが、そもそも当時の自分にはコーヒーを飲む習慣がなかった。

 その後、素敵なエスプレッソに出逢ったことがきっかけでエスプレッソを飲む習慣が出来た。そしてエスプレッソ・マシンを買って自宅で淹れるようになると、同じ豆でも挽き方や詰め込み具合が変わると味が変わってしまうことに驚き、試行錯誤を楽しむようになった。

 最初は、しばらく試行錯誤を繰り返すうちに自分の一番好きな豆と一番好きな淹れ方が見つかり、以後は毎日美味しいエスプレッソが自宅で飲めると思っていたが、「この豆を使うとどうだろう」「少し粗目に挽いてその分少し強めに詰めるとどうだろう」と実験するのも楽しく、一向に収束する気配がない。当然ながら出来が悪い日も多く、自宅でいつも美味しいエスプレッソを飲みたいという本来の目的とは矛盾しているのだが、毎日同じ豆と同じ淹れ方に安住することは退屈そうでなかなかできない。

 職場で残業時にエスプレッソを飲みたくて直火式のマシンを持ち込んだときにも、日によって豆を変えたり火加減を変えたりしてその違いに一喜一憂した。自宅にいると本格的なマシンがあるし、職場の昼休みには近所のチェーン店を利用する訳だが、残業時の職場という制約のある環境においては直火式のマシンも頼もしい存在である。仕上がりも本格的なマシンのようにはいかないとはいえ、普通のコーヒーメーカーのコーヒーとは明らかに違う、乙な味わいである。機械に頼らず、直火と自分の手のみによる作業が気分転換になって美味しく感じるという心理的要因もあるのだろうが、コーヒーは嗜好品なのだから、本人が良ければそれで良い。

 客観的に優れた成分のエスプレッソ以外が必ずしも不味いエスプレッソという訳ではない。客観的に優れた性能のマシン以外が必ずしも駄目なマシンという訳でもない。優れた性能のマシンで優れた成分のエスプレッソを飲む幸せはもちろん存在するが、世の中には試行錯誤の楽しみもあるし、与えられた環境の中で与えられたものを楽しむ幸せもある。誰にとっても高価で本格的なマシンの購入がお勧めな訳ではないし、表面の泡(クレマ)が十分に浮かばないからといって必ずしも不味いエスプレッソとは決めつけられないと思う。

 ある日気づいたら、例のテレビ・コマーシャルのキャッチ・コピーが「違いが分かる男の…」から「違いを楽しむ人の...」に変わっていた。画面には山を清掃に行くという登山家が映っている。私は今でもインスタント・コーヒーを飲む機会はほとんどないが、登山の現場で飲むインスタント・コーヒーは最高に美味しいに違いない。余計な器具も不要だし、何より、ゴミが出ないのが良い。


(参考)当該テレビ・コマーシャルに関するサイト
 http://jp.nescafe.com/about/4_3.html


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